☆特別コラボ企画☆
小説「風と花の輪舞(ロンド)」
燈華堂・大谷明日香先生の小説に、挿絵を描きました。
明日香センセのせつなくもかわいい妖精の世界をご堪能くださいませ☆
無断転載盗作禁止☆著作権は大谷明日香先生です。
いつもと変わらない、穏やかな春のある日。
深い、深い、緑の森の、その奥で。
仲良しの三人で、並んで木の枝に座って木の実を食べた。
そんな何の変哲も無い日から、すべては変わって行ったのだった。
「私、人間になろうと思うんだ!」
友人・サーンの言葉に、私は座っていた木の枝からずり落ちそうになった。
それを、二人の友人が止めて何とか落下せずに済む。
……まあ落下しても、背中に羽のついた私たち妖精は無事なのだけれど。
「あっぶないなあ、リィス。せっかくの木の実が落ちちゃうところだったよ」
たんぽぽ色の髪を後ろで結んでいるユーエンが、私の持っている実を指して真顔で言った。
「え、そこ? 心配するのはそこなの、ユーエン」
ユーエンと反対側からも「そうだよ」と声がする。
そちらを見れば、燃えるような赤毛を揺らしてサーンも言った。
「この時期なかなか取れないクエの実だよ。大事にしないと」
「少しは私の心配をしようよ!」
というか元は誰の所為だと思っているのだ、こいつは。
「まあまあ。とりあえず、木の実を食べよう」
「そうだね。取れたてが一番だからね」
「……本当にマイペースよね、あんたたちは」
私は肩を竦め、自慢の若草色の髪をかきあげる。それから、二人と同じようにクエの実にかじりついた。
紅く熟れた実は甘く、舌がとろんと溶けそうだ。
「うーん、美味しいわね!」
「いいの取れたねえ」
「大地とお日さまに感謝だよ」
それからは、ただむしゃむしゃと木の実を食べた。
空気は甘く、緑は若く瑞々しくて、木の根元や幹に小さな花がいくつか咲いていた。
木漏れ日が、いくつもいくつも差し込んで、森の中は明るい。
ああ、春が来たのだなあとしみじみ思った。
川のせせらぎも、雪解け水の勢いでとても元気に響いている。
小鳥たちも声高らかに歌っているし、ふわりふわりと飛ぶ蝶も、あちこちに咲く花の蜜に酔っているようだ。
「春、いいわねぇ……」
「ねー」
「今夜も踊り明かそうっと」
ピィピィ、チチチ、チュルルル……
小鳥の歌声に、一緒に歌おうかしら、ラララ……なんて、あまりにのどかな光景に、
先ほどの衝撃発言を忘れそうになった。
「って、違うわ!」
「え、歌わないの」
サーンが、吃驚した顔でこちらを見る。
「何言ってんの、歌おうよ。他の小鳥たちも呼ぶからさぁ」
ユーエンが、笛を取り出して鳥を呼ぶ準備をしている。
……まったくもう。
「さっきのサーンの発言! どういうこと?」
「割とそのままなんだけど」
「人間になりたいって? しびれるね!」
「しびれないわよ、ユーエン! サーン、ちょっとあなた本気なの」
のほほん、とした顔で、「うん」とサーンは頷いた。
「方法はよく知らないんだけどさー。大きな妖精さんに聞けばわかるかなーって」
大きな妖精さんは、私たちより大きな光で、たまに人間と同じ形になる。視える人間たちは「エンジェル」と呼んでいる。
「サーンは人が好きだものねぇ」
「うん。面白いもん、彼ら」
サーンは、ご機嫌な様子で、ぐいーっと伸びをした。
ユーエンの言う通り、サーンは人が大好きで、よく人里に下りてはちょっとした悪戯をしかけたり、
視える人間にアドヴァイスやプレゼントを贈ったりしている。
「今は、視える人を介してしか助けられないけどさ。人間になったら、誰でも助けられるじゃない」
「視えない人間に対して、よく悪戯してるくせに」
「可愛い悪戯じゃない。その悪戯のお蔭で、結婚したやつらも居るんだし」
それに、リィスも悪戯は好きでしょ? と笑うから、まあねと頷いた。
私たち妖精は、悪戯が大好きだ。
視えない人をこけさせたり、寝坊させたり。
でも、命まで取りはしないし、大体事態を好転させることが多いから、別に良いよねと思っている。
「でも、人になるとか面白そう!」
ユーエンが、笛で宙に絵を描きながら笑った。
「そうかしら?」
「だって、あいつら何かいつもよくわからないことで、悩んだり笑ったり、てんてこ舞いになってるじゃん。
何でああなるのか、ちょっと興味はあるよね」
ユーエンの言葉に、うーんと私は首を傾げる。
「私は見ててもどかしいけど」
「そうでしょ? だから私は、直接人になって手助けしたいなって」
ふんふんっ、と鼻息荒く語るサーンに、私は「でも」と言った。
「人になっちゃったら、空を飛べなくなるわよ?」
「あー……そうだねぇ」
そうなんだよねぇ、とサーンが途端にしゅんとなる。
「サーンは、空も大好きだものねー」
「ユーエンも好きでしょ?」
「うん? まあ、そりゃ好きだけど」
ユーエンは、後ろに手を付くと身体をそらして上を見上げた。
「でも、私はどっちかというと、草や木、蝶々と話したり歌ったり踊ったりする方が好きだからなあ。
その辺は、人間になっても出来るからねぇ」
確かに、私たちを視ることの出来る人間は、大体、草木や動物たちともお喋り出来た。
「まあ、実際人間になれるかなんてわからないことだし、今は考えなくていいんじゃない?」
「そっか、それもそうだね!」
「よし、小鳥たちを呼んで歌おう!」
私たちはそれから、いつもと同じように小鳥たちと一緒に歌を歌って、追いかけっこをした。
サーンの突拍子も無い話は、そこで終わったかに見えた。
ある日のこと。
私とサーンは、おいかけっこをしていた。
森の中を、風のように飛んで、途中でざぶんと川にもぐって、そこからまた急上昇して……森を抜けて、空を飛ぶ。
風に乗って、風と同じように。
途中からおいかけっこはどうでもよくなって、二人でどれだけ早く飛べるか、並んでびゅんびゅん飛んでいく。
今日はよく晴れていて、気持ちのいい風と日射しを思い存分に浴びられた。空は、美しい青色だ。
「ユーエンも来れば良かったのにねぇ」
「仕方ないじゃない。蝶々会議に巻き込まれちゃったんだもん」
今頃、ユーエンは蝶々たちの悩み相談に大忙しのことだろう。
「また今度、いい天気になったら」
「そうだね」
飛び回って疲れたので、しばらく二人で、ぷかぷかと空に浮んでいた。水 面に浮ぶように、ぷかぷか、ぷかぷか。
ふと横で浮んでいるサーンを見ると、彼女は、眩しそうな顔で太陽を見つめていた。全身で空を味わうように両手両脚を広げている。風との呼吸を、まるで惜しむように一瞬一瞬全力で楽しんでいた。
そこで、私はピンと来た。
「……人間に、なるのね」
私が静かに言った言葉に、サーンは頷く。
「大きな妖精さんに聞いたんだ。今度、大きな妖精さんが迎えに来るから、そのとき一緒に天に昇って、人間に生まれ変われるようにして貰えるの」
「生まれ変わったら、どうなるの?」
「妖精の力って消すことが出来ないらしくて、持ったまま生まれ変わることになるんだけど。記憶は、無くなっちゃうみたい」
「そっか……」
「うん」
でもね、とサーンは笑った。
「妖精の力が消えないってことは、きっと視えるってことだから、そしたらまた、仲良くなって欲しいな!」
その笑顔に、私も笑う。
「しょうがないわねぇ」
約束ね! というサーンの頭を、そっと撫でた。
かくして、次の春。
サーンは、『人の子』になった。
春が来るたびに大きくなる彼女を、私とユーエンは見守った。
やっぱり彼女は私たちが視えるらしく、言葉を覚える頃には、私たちと少しお喋りするようになっていた。
でも、村の子と遊ぶ時間の方が多かった。不思議な力で(妖精の私たちからすれば不思議でも何でもないけど)、
貴重な薬草を見付けたり、即興で詩を吟じたりして人を癒していた。
「あいつの夢が叶ったなあ」
「そうね」
その様子を木の上から見ていた私たちは、彼女が近い内に『魔法使い』の弟子になることを察していた。
「魔法使いになれば、より一層、人助けが出来るものね」
「だね」
それから、ユーエンがしばらく歌を唄って。
「ねえ」
「なあに?」
蝶々と戯れながら、ユーエンは、ぽつんと言った。
「私も人になろうかなあ」
「……言うと思った」
「あ、バレてた?」
「だって、ユーエン。羨ましそうだったもの」
「私もさ、人間に、歌を唄ってみせたり、夜の綺麗な世界とか語って……いや、地面に描いてみせた方が面白いかな。
そういうことをしてさ、驚かせたいんだよね」
楽しそうに言ったユーエンは、どうも人間たちと遊んでみたいようだった。人として。
「ユーエンらしい理由だね」
「リィスは?」
「私は……」
村の方を見て、森の方を見る。
森の木々は、ただ優しく、私たちと人とを見守り、花々は誇らしげに咲いて『今』を謳歌している。
あまりにも、美しい、とこしえの世界。
「……私は、ここであなたたちを待っているわ」
「そっか」
それじゃあ。
ちょっと行ってきます。
そう言い笑って、ユーエンも旅立って行った。
あれから、たくさんの年月が流れた。
サーンもユーエンも、最初は言っていた通り、妖精の力を使って、人助けをしたり、 人を驚かせたりして……『人』を楽しんでいた。周りの人も、彼女たちを喜んで迎え
入れた。
楽しそうな二人を見て、私も影からこっそり楽しんだ。
けれど、何度か生まれ変わって、違う『国』や『島』に行って。
その度に、私はちょっとした旅行気分で彼女たちの『今』を見に行ったけれど。
マイペースだった彼女たちが、いつしか自分のペースや力を見失うようになって行った。
生まれ変わるたび、彼女たちは、『妖精』の自分を忘れて、息苦しそうになって行った。
そうしていつしか、私のことを認識できなくなっていた。
私たちの森も小さくなっていき、今では元あった森の十分の一くらいの大きさになった。
でも、それでも。
私は今でも『ここ』で。
時には『そば』で。
ずっとずっと、二人の帰りを待っている。